「WAJOY Voices – 日本の工芸に宿る声を聴く」の第2回インタビューを公開しました。

─ヨーロッパのデコンテンツキュレーター・ジャンフランコが語る、日本の工芸とクラフトマンシップの未来

はじめに

なぜ日本の工芸にはこれほどまでに深い精神性が宿っているのか──。
本インタビューでは、ヨーロッパ在住のコンテンツキュレーター、ジャンフランコ(Gianfranco)が、日本の素材や美意識、そして工芸文化がいかに人々の暮らしに影響を与えているかを語ってくれました。
「Resilience(しなやかな強さ)」「Regeneration(再生)」「Reverence(敬意)」というキーワードを軸に、日本の工芸が未来に向けて持つ本質的な価値について、静かに、しかし情熱を込めて語られる一つひとつの言葉には、世界と繋がるための多くの示唆が込められています。

Q1:素材とは「時間」である


Q. 日本とヨーロッパの素材感の違いについて、どう感じていますか?

素材とは単なる「モノ」ではなく、「時間」そのものだと思います。
たとえば陶器、木、ガラス、金属などは、日欧のどちらにも存在する素材です。でも漆(うるし)のように、西洋では馴染みがない素材もあります。初めて漆の器を触った人は「プラスチック?」と感じるかもしれません。軽くて、つるりとしていて。
でもその背景にある「手間のかかり方」や「時間」を知ると、見る目が変わる。日本の素材には、加工に込められた「時間」が宿っているんです。素材が辿ってきた物語──それこそが文化の厚みだと思います。

Q2:隠れた部分にこそ宿る美


Q. 日本の工芸やデザインで、特に美しいと思う点は?

見えない部分にこそ、美しさが宿っているということ。
障子の裏側、棚の奥、誰も気づかないような細部にまで、丁寧な仕事が施されている。
西洋では「技巧を見せる」ことで価値を表す文化がありますが、日本では「隠す」ことが美になる。その姿勢には深い敬意を感じます。
誰かに見せるためではなく、自分の手を抜かないためにつくられる美。それに私は強く心を打たれます。

Q3:美とは「意図」である


Q. 「美しさ」とは何だと思いますか?

私にとって、美とは「意図」だと思います。
シンプルなものであっても、そこに意味と意志が込められていれば、美しい。
たとえば仏教の寺院や枯山水の庭園──すべての配置に意味がある。意図がある。だからこそ、見る人の心を動かすんです。
逆に、ただ派手なだけで意味のないものには、美を感じません。
日本の工芸には、「頑張ってます!」という主張がない。むしろ控えめ。でも、その奥にある誠実さこそが、私にとっての美しさです。

Q4:「侘び」と「寂び」──ふたつの感性


Q. 日本独自の「わびさび」についてどう感じていますか?

西洋では「wabi-sabi」はひとつの概念のように紹介されがちですが、実は「侘び」と「寂び」はもともと別のものなんです。
私は特に「寂び」のほうに惹かれます。つまり、「時間とともに美しくなっていくこと」。
錆びやひび割れ、擦り切れた跡──それらは時間の痕跡であり、静かな尊厳を持っている。
西洋の「完璧さ」や「新品志向」とは真逆の価値観ですよね。私はこの「寂び」の美しさに深く共感します。

注釈:
「侘び」とは、簡素さ・控えめさ・不完全の中にある美しさ。「寂び」とは、時間の経過や劣化を通して表れる味わいや風格のこと。                                 この2つが組み合わさることで、日本独自の「わびさび」美学が形成されています。

Q5:季節とともに生きるということ


Q. 日本の自然や四季との関係について、どう感じていますか?

かつてはヨーロッパも、日本のように四季とともに生きていました。
でも今では、利便性がそれを上書きしてしまった。
イギリスやアメリカのスーパーに行けば、季節に関係なくすべての食材が揃っている。でも日本には、まだ「旬」の文化がありますよね。
桜の花見、月見、紅葉、季節の果物やきのこ──自然とともに生きる感覚が、今も息づいている。
それはとても詩的で、そして人間らしいことだと思います。

Q6:サステナビリティと経済のあいだ


Q. サステナビリティとローカル素材について、どう捉えていますか?

誰もが「サステナビリティは大事だ」と言いますが、経済が不安定になると、人々はそれを忘れてしまうんです。
たとえばZARAやTimuで大量に服を買い、すぐに捨ててしまう──それが現実です。
日本の工芸品は、時間がかかり、丁寧に作られていて、長持ちする。でもその分、価格も高くなる。だからこそ、「本当のサステナビリティ」には、経済力と価値観の両方が必要なんです。
ロンドンにはチャリティショップがたくさんありますが、中身はZARAばかり。消費を減らしたい人と、安く多く手に入れたい人の2種類が存在しています。
見せる修繕(visible mending)という考え方も注目されていますが、それも「美意識」であり、必ずしも文化的価値と直結しているわけではない。消費社会と美意識のあいだには、複雑な矛盾があります。

Q7:工芸の本質──Resilience・Regeneration・Reverence


Q. WAJOYが掲げる「3つのR」について、どう思われますか?

Resilience(しなやかさ)は、今の時代に不可欠な力です。AIや気候変動、戦争など、私たちは不安定な世界を生きています。
Regeneration(再生)──これはより深い概念ですが、日本の工芸にはそれが宿っている。壊れたものを直す。古いものを生かす。欠けを美に変える。それはまさに「再生の美学」です。
そしてReverence(敬意)──これが日本文化の核だと思います。自然への敬意、素材への敬意、人への敬意。
これら3つは、見た目の美しさではなく、社会の在り方そのものを支える根本的な価値観だと感じます。

おわりに

ジャンフランコの言葉を通して見えてきたのは、日本の工芸が単なる「技術」や「製品」ではなく、生き方や哲学としての側面を持つということです。
「美とは、意図である」という彼の言葉には、日本人が忘れかけている精神性が静かに宿っていました。
世界が速く、大きく、そして表面的になっていく中で、日本の工芸が示す「静かで深い価値」は、これからますます重要になるのではないでしょうか。

Gianfranco Chicco(ジャンフランコ・チッコ)プロフィール

ロンドン在住のアルゼンチン出身デザイナー、コンテンツ・キュレーター。ロンドンデザインフェスティバルおよびロンドンデザインビエンナーレではコンテンツ&デジタル戦略責任者として活躍。The Webby AwardsやThe Lovie Awardsではヨーロッパ地域のマーケティング・ディレクターを歴任し、国際的なデザインイベントやイノベーションフォーラムに数多く関わる。近年は、世界中の職人やものづくり文化を再発見する「The Craftsman Newsletter」を主宰し、サステナビリティとクラフトの未来を問う視点で発信を続けている。エンジニアリングとMBAのバックグラウンドを持ち、テクノロジーと文化の橋渡し役としても活動。これまでにブエノスアイレス、ミラノ、東京、マドリード、アムステルダムを経て、現在はロンドンを拠点に活動。
 https://www.gchicco.com/the-craftsman-newsletter/