──Japan Craft21 代表のスティーブ・バイメルさんが語る、伝統を未来へつなぐ使命


はじめに

54年前、ひとりの若きアメリカ人が北日本の小さな街の駅に降り立った。手にしていたのは仕事のオファーと好奇心だけ。日本は彼が特別に望んだ目的地ではなかった。インドや他のどこかでもよかったのかもしれない。けれど運命は彼を仙台へと導き、その街は静かに彼を魅了していった。
畳の青い香り、障子越しのやわらかな日差し、手に伝わる木桶のなめらかな曲線、漆椀の深い艶、カーテンを束ねる組紐の美しさ、地元市場で新鮮な魚を包む経木の杉のような香り――日常の何気ない風景の中に、控えめでありながらも深遠な美が息づいていることに気づいた。

そんな小さな出会いが、一生をかけた使命の種をまいた。年月を経て、その使命は「日本の工芸の生きた伝統を守り、育み、未来へ橋渡しする」ことへと昇華された。現在、JapanCraft21の代表として、スティーブ・バイメル氏は消えゆく技術の保護、次世代の職人の育成、日本の工芸文化を世界に伝える活動に力を注いでいる。

仙台で変わった人生
Q1. 日本に住むことを決めたきっかけは?

54年前、仙台YMCAの英語教師の求人を偶然目にしたのが始まりです。応募して仕事を得て、ビザを取得し、日本のことをほとんど知らないまま渡航しました。正直に言えば、日本にこだわりがあったわけではありません。もし良い機会がインドやほかの国であれば、そちらに行ったでしょう。
しかし、仙台での暮らしは驚きに満ちていました。新しい畳の香り、障子越しのやわらかな光、手仕事の木桶の感触、漆器の温もり、カーテンを束ねる組紐の美しさ、魚屋で使われる経木の香り――それらは単なる生活道具ではなく、文化の表現そのものでした。一つひとつが私の美意識を揺さぶり、工芸が生活そのものの中に織り込まれていることを知ったのです。

文化の扉を開く
Q2. 日本の工芸と深く関わるようになった経緯は?

仙台での英語の生徒の多くは教養豊かな主婦で、お茶や歌舞伎など日本文化に詳しい方々でした。彼女たちに招かれて初めてお茶会に出席し、能や歌舞伎を観劇しました。まるで別世界への扉を開いたような体験で、日本文化の奥深さを静かに教えられた時間でした。
その後、東京へ移り住み、さらに数年はアメリカに戻ってビジネスの仕事に携わりました。しかし日本のことがずっと心にありました。再び日本へ戻り、翻訳を学び、日本人女性と結婚し、日本での生活を本格的に考えるようになりましたが、再びアメリカで10年を過ごすことになったのです。

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京都・大徳寺前で

旅行業から工芸支援へ
Q3. 観光業から職人支援にシフトした理由は?

1992年、京都で外国人観光客向けの旅行会社を立ち上げました。当時の観光客は日本文化を表面的にしか体験せず帰国することが多く、それは大きな損失だと感じました。そこで、大徳寺の僧侶とのお茶会、職人の工房訪問、長期滞在型の文化体験などを企画しました。当時は珍しい取り組みでしたが、口コミで評判が広がりました。
日本各地を巡る中で、職人たちが抱える課題が見えてきました。高齢化による技術の継承問題、必要な道具や素材の入手困難、そして消えゆく伝統技術。知れば知るほど、このままでは失われてしまうという危機感が募り、その思いがJapanCraft21設立の原動力になったのです。

ふたつの柱:技術継承と後継者育成
Q4. JapanCraft21の主な取り組みは?

1つ目は、消滅の危機にある技術の保護です。たとえば、最高峰の絹染めを行える職人は全国でもごくわずかで、多くが70代から90代。ひとたび技術が失われれば復活は困難です。輪島塗の研ぎに必要な炭を作れる職人も、今や日本に一人しかいません。
2つ目は、後継者の育成です。京都では、宮大工が教える木組みの教室を月2回開き、18か月のコースでこれまで約23名が卒業しました。しかし、学んだ技術を実際に活かせる現場がなければ技は廃れます。教育と実践の両輪が必要です。

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JapanCraft21では職人を継承するため、さまざまな活動を行っている

京都の町家再建プロジェクト
Q5. 町家プロジェクトについて教えてください。

この活動の要となるのが、京都市内中心部での本格町家の新築です。約90年ぶりの挑戦で、地震・防火の法規制をクリアするまでに6年を費やしましたが、ようやく体制が整い、次々と新しいプロジェクトが進行しています。
京都市も、魅力を損なってきた過剰な規制を見直し、町の復興を後押しする方向に少しずつ舵を切り始めています。


30秒で価値を伝える
Q6. 工芸を海外に伝えるために大切なことは?

価値を伝えるには30秒で心を動かす説明が必要です。技術の難しさだけでは足りません。その背景にある歴史や文化的意味を、瞬時に共感できる形で語ることが大切です。
職人はしばしば「いいものは安くあるべき」と価格を下げがちですが、職人・デザイナー・マーケターが連携し、適正な価値を示すことが不可欠です。
展示の見せ方も重要です。ロンドンのジャパンハウスは、洗練された現代的な展示手法で工芸を未来につながる文化として提示しています。対して、全国の展示を均等に並べるだけの展示では、特筆すべき作品が埋もれてしまいます。展示者が責任をもって編集・選択することが求められます。


情熱的な1〜3%を掘り起こす
Q7. 誰に焦点を当てるべきですか?

すべての人に届ける必要はありません。訪日客4,000万人のうち1〜3%でも工芸に深く魅了されれば、日本文化は十分に前進します。そのためには情熱を持った少数層とつながることが重要です。
この理念から始まったのがJapanCraft21伝統工芸復興コンテストです。職人からの応募を募り、卓越した技術と同時に現代性・創造性を兼ね備えた個人やプロジェクトを支援します。
受賞は職人の自信や知名度、機会を飛躍的に高めます。落選者にとっても、作品や考えを磨く過程自体が成長につながります。工芸を愛する外国人観光客はより深く日本文化に関わり、やがて文化の担い手になっていく傾向があります。


未来へのビジョン
Q8. 今後の展望は?
初代グランプリ受賞者の堤拓也さんと松山祥子さんは、京都・京北で原材料の栽培から作品制作、職人育成、地域住民への啓蒙活動までを網羅する工芸のエコシステムを築いています。漆塗りのサーフボード制作にも挑戦しています。こうした境界を越える活動こそ、伝統を「生きた文化」として継承する力になります。
私がもっとも大切にしているのは、手仕事の中に残る「人の痕跡」です。自然素材を扱い、完璧を目指しながらも職人の個性がにじむ――その温もりこそが、日本の工芸を何百年も支えてきました。若い職人が誇りを持って仕事ができ、世界へ発信する道が開かれている社会をつくることが、私の使命です。

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2024年度の日本伝統工芸再生コンテストでのロニー賞受賞者とともに

おわりに
工芸は物を作ることだけではありません。素材を育て、技術を磨き、物語を紡ぎ、生き方を形作る営みです。
スティーブ・バイメル氏のビジョンは、懐古的な保存ではなく、「現代の文化として生き続ける工芸」を目指すもの。
学ぶ場、実践の場、伝える方法、人と人をつなぐ橋――それらを築くことが必要です。50年以上前、仙台の日常の中で出会った静かな美が、今も彼の心に灯をともしており、その炎を次世代へ受け継ぐための情熱となっています。

インタビュー・文:立川真由美

Steve Beimel(スティーブ・バイメル)プロフィール

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Steve Beimel氏

アメリカ・カリフォルニア州出身。カウンセリング心理学修士。スティーブ・バイメル氏は1970年代に初来日。1992年、日本文化と工芸を世界に紹介する旅行会社を設立。2016年、目標達成のためのセミナーシリーズ「A to B」を開始。2018年、伝統工芸復興を目的としたJapanCraft21を設立し代表を務める。京都市左京区在住。国内外で日本工芸の継承と発展に取り組んでいる。
https://www.japancraft21.com/