このたび、一般社団法人WAJOY日本工芸の国際普及協会は、「大阪万博記念基金(EXPO’70基金)」に再度採択いただきました。

昨年度の採択を契機として、ロンドンにおいて輪島塗をはじめとする日本の漆文化の紹介を実現し、Japan House Londonでの展覧会や、国際工芸アートフェア「Collect」への出展、パネルディスカッションの実施など、複数の文化拠点において展開する機会を得ました。

これらの取り組みを通じて、ロンドンにおいて日本の漆が多面的に紹介される流れが生まれ、「漆イヤー」ともいえる状況を形成する一助となりました。
本取り組みは、EXPO’70基金の支援があってこそ実現したものであり、改めて深く感謝申し上げます。
本年度は、この流れをさらに発展させ、ロンドンに加えパリへと展開し、日本の工芸文化の国際的な発信と交流を一層推進してまいります。
2026年2月27日、ロンドン・Somerset Houseで開催された国際工芸アートフェア「Collect 2026」において、「Contemporary Lacquer: Reinventing an Ancient Medium」をテーマとしたパネルディスカッションに登壇しました。

本セッションは、現代における漆の可能性を探ることを目的に、WAJOYより提案し実現したものです。V&Aミュージアムのキュレーターをモデレーターに迎え、国際的なギャラリストとともに、それぞれの立場からコンテンポラリー漆について議論が行われました。

会場には多くの来場者が集まり、終了後も来場者との対話が生まれるなど、日本の漆文化の背景や思想に対する関心の高さが感じられる機会となりました。

本取り組みは、日本の漆を現代の文脈で捉え直し、国際的な対話を通じてその価値を発信する重要な契機となっています。
2026年3月4日5日7日、ロンドンのJapan House Londonにて開催された「輪島塗展」に関連し、漆芸作家・箱瀬淳一氏による「蒔絵金継ぎワークショップ」を全4回開催しました。

各回とも募集開始後すぐに満席となり、延べ30名以上が参加。参加者は、それぞれが大切にしてきた器や日用品を持ち寄り、状態や素材に応じて異なる技法を用いながら修復を行いました。

箱瀬氏は一人ひとりの作品に向き合い、個別に丁寧な指導を行いながら、多様な修復に対応しました。


壊れたものに新たな価値を見出すこの体験は、日本の技術と精神性に触れる機会として高く評価されています。
2026年3月3日、ロンドンのJapan House Londonにて開催された「輪島塗展」に関連し、漆芸作家・箱瀬淳一氏を招聘し、制作実演およびトークイベントを実施しました。
本イベントには現地来場者およびオンラインを含め約400名が参加し、コロナ後以降で最多の参加者に。



日本の漆文化に対する高い関心とともに、能登の現状や背景についての理解を深める機会となりました。

ロンドンにある日本の多様な魅力を紹介する発信拠点 Japan House London にて、
「輪島塗」展が開幕いたしました。

Photo: Japan House London
本展示は、グランドフロアという来場者数の多い空間にて、
約3か月間にわたり開催されています。
私ども WAJOY は、本展示に関連し、
箱瀬淳一氏、しおやす漆器工房、角有伊氏 の作品・商品の
ディストリビューションに関わらせていただいております。
ロンドンにお越しの機会がございましたら、
ぜひお立ち寄りいただけましたら幸いです。
The Shop at Japan House London
「輪島塗」展
会期:2026年1月8日〜3月24日
展示協力:Hakose Junichi/ Shioyasu Urushi Ware Company/ Wajima Kirimoto/ Wajima Museum of Urushi Art
キュレーション:Japan House London/ ZEKKA PRODUCT INC.
輪島塗の背景や技術、精神性が丁寧に伝わる、
とても分かりやすく構成された展示となっています。
Japan House London の公式サイトにも掲載されていますので、
よろしければご覧ください。
Wajima lacquerware – Japan House London
JAPAN HOUSEとは?
JAPAN HOUSEは、日本の多様な魅力や政策・取組・立場を発信することにより、日本への理解と共感の裾野を広げることを目的に、外務省により世界の3都市(サンパウロ・ロンドン・ロサンゼルス)に設置された対外発信拠点です。
Japan House Londonは、日本文化への関心が高まる欧州の拠点として、ロンドン市内の文化的、商業的建造物が多く所在するエリアの目抜き通りケンジントン・ハイストリートに2018年6月に開館しました。アールデコ調の歴史的建造物の中の3フロアにわたり、展示ギャラリー、多目的スペース、ライブラリー、レストラン、カフェ、ショップ、観光案内コーナーを備えた複合施設として、アート、デザイン、食、建築、テクノロジーなど日本の多様な魅力を通して、真の日本との出会いを現地の人々に提供しています。
──Japan Craft21 代表のスティーブ・バイメルさんが語る、伝統を未来へつなぐ使命

はじめに
54年前、ひとりの若きアメリカ人が北日本の小さな街の駅に降り立った。手にしていたのは仕事のオファーと好奇心だけ。日本は彼が特別に望んだ目的地ではなかった。インドや他のどこかでもよかったのかもしれない。けれど運命は彼を仙台へと導き、その街は静かに彼を魅了していった。
畳の青い香り、障子越しのやわらかな日差し、手に伝わる木桶のなめらかな曲線、漆椀の深い艶、カーテンを束ねる組紐の美しさ、地元市場で新鮮な魚を包む経木の杉のような香り――日常の何気ない風景の中に、控えめでありながらも深遠な美が息づいていることに気づいた。
そんな小さな出会いが、一生をかけた使命の種をまいた。年月を経て、その使命は「日本の工芸の生きた伝統を守り、育み、未来へ橋渡しする」ことへと昇華された。現在、JapanCraft21の代表として、スティーブ・バイメル氏は消えゆく技術の保護、次世代の職人の育成、日本の工芸文化を世界に伝える活動に力を注いでいる。
仙台で変わった人生
Q1. 日本に住むことを決めたきっかけは?
54年前、仙台YMCAの英語教師の求人を偶然目にしたのが始まりです。応募して仕事を得て、ビザを取得し、日本のことをほとんど知らないまま渡航しました。正直に言えば、日本にこだわりがあったわけではありません。もし良い機会がインドやほかの国であれば、そちらに行ったでしょう。
しかし、仙台での暮らしは驚きに満ちていました。新しい畳の香り、障子越しのやわらかな光、手仕事の木桶の感触、漆器の温もり、カーテンを束ねる組紐の美しさ、魚屋で使われる経木の香り――それらは単なる生活道具ではなく、文化の表現そのものでした。一つひとつが私の美意識を揺さぶり、工芸が生活そのものの中に織り込まれていることを知ったのです。
文化の扉を開く
Q2. 日本の工芸と深く関わるようになった経緯は?
仙台での英語の生徒の多くは教養豊かな主婦で、お茶や歌舞伎など日本文化に詳しい方々でした。彼女たちに招かれて初めてお茶会に出席し、能や歌舞伎を観劇しました。まるで別世界への扉を開いたような体験で、日本文化の奥深さを静かに教えられた時間でした。
その後、東京へ移り住み、さらに数年はアメリカに戻ってビジネスの仕事に携わりました。しかし日本のことがずっと心にありました。再び日本へ戻り、翻訳を学び、日本人女性と結婚し、日本での生活を本格的に考えるようになりましたが、再びアメリカで10年を過ごすことになったのです。
旅行業から工芸支援へ
Q3. 観光業から職人支援にシフトした理由は?
1992年、京都で外国人観光客向けの旅行会社を立ち上げました。当時の観光客は日本文化を表面的にしか体験せず帰国することが多く、それは大きな損失だと感じました。そこで、大徳寺の僧侶とのお茶会、職人の工房訪問、長期滞在型の文化体験などを企画しました。当時は珍しい取り組みでしたが、口コミで評判が広がりました。
日本各地を巡る中で、職人たちが抱える課題が見えてきました。高齢化による技術の継承問題、必要な道具や素材の入手困難、そして消えゆく伝統技術。知れば知るほど、このままでは失われてしまうという危機感が募り、その思いがJapanCraft21設立の原動力になったのです。
ふたつの柱:技術継承と後継者育成
Q4. JapanCraft21の主な取り組みは?
1つ目は、消滅の危機にある技術の保護です。たとえば、最高峰の絹染めを行える職人は全国でもごくわずかで、多くが70代から90代。ひとたび技術が失われれば復活は困難です。輪島塗の研ぎに必要な炭を作れる職人も、今や日本に一人しかいません。
2つ目は、後継者の育成です。京都では、宮大工が教える木組みの教室を月2回開き、18か月のコースでこれまで約23名が卒業しました。しかし、学んだ技術を実際に活かせる現場がなければ技は廃れます。教育と実践の両輪が必要です。
京都の町家再建プロジェクト
Q5. 町家プロジェクトについて教えてください。
この活動の要となるのが、京都市内中心部での本格町家の新築です。約90年ぶりの挑戦で、地震・防火の法規制をクリアするまでに6年を費やしましたが、ようやく体制が整い、次々と新しいプロジェクトが進行しています。
京都市も、魅力を損なってきた過剰な規制を見直し、町の復興を後押しする方向に少しずつ舵を切り始めています。
30秒で価値を伝える
Q6. 工芸を海外に伝えるために大切なことは?
価値を伝えるには30秒で心を動かす説明が必要です。技術の難しさだけでは足りません。その背景にある歴史や文化的意味を、瞬時に共感できる形で語ることが大切です。
職人はしばしば「いいものは安くあるべき」と価格を下げがちですが、職人・デザイナー・マーケターが連携し、適正な価値を示すことが不可欠です。
展示の見せ方も重要です。ロンドンのジャパンハウスは、洗練された現代的な展示手法で工芸を未来につながる文化として提示しています。対して、全国の展示を均等に並べるだけの展示では、特筆すべき作品が埋もれてしまいます。展示者が責任をもって編集・選択することが求められます。
情熱的な1〜3%を掘り起こす
Q7. 誰に焦点を当てるべきですか?
すべての人に届ける必要はありません。訪日客4,000万人のうち1〜3%でも工芸に深く魅了されれば、日本文化は十分に前進します。そのためには情熱を持った少数層とつながることが重要です。
この理念から始まったのがJapanCraft21伝統工芸復興コンテストです。職人からの応募を募り、卓越した技術と同時に現代性・創造性を兼ね備えた個人やプロジェクトを支援します。
受賞は職人の自信や知名度、機会を飛躍的に高めます。落選者にとっても、作品や考えを磨く過程自体が成長につながります。工芸を愛する外国人観光客はより深く日本文化に関わり、やがて文化の担い手になっていく傾向があります。
未来へのビジョン
Q8. 今後の展望は?
初代グランプリ受賞者の堤拓也さんと松山祥子さんは、京都・京北で原材料の栽培から作品制作、職人育成、地域住民への啓蒙活動までを網羅する工芸のエコシステムを築いています。漆塗りのサーフボード制作にも挑戦しています。こうした境界を越える活動こそ、伝統を「生きた文化」として継承する力になります。
私がもっとも大切にしているのは、手仕事の中に残る「人の痕跡」です。自然素材を扱い、完璧を目指しながらも職人の個性がにじむ――その温もりこそが、日本の工芸を何百年も支えてきました。若い職人が誇りを持って仕事ができ、世界へ発信する道が開かれている社会をつくることが、私の使命です。
おわりに
工芸は物を作ることだけではありません。素材を育て、技術を磨き、物語を紡ぎ、生き方を形作る営みです。
スティーブ・バイメル氏のビジョンは、懐古的な保存ではなく、「現代の文化として生き続ける工芸」を目指すもの。
学ぶ場、実践の場、伝える方法、人と人をつなぐ橋――それらを築くことが必要です。50年以上前、仙台の日常の中で出会った静かな美が、今も彼の心に灯をともしており、その炎を次世代へ受け継ぐための情熱となっています。
インタビュー・文:立川真由美
Steve Beimel(スティーブ・バイメル)プロフィール
アメリカ・カリフォルニア州出身。カウンセリング心理学修士。スティーブ・バイメル氏は1970年代に初来日。1992年、日本文化と工芸を世界に紹介する旅行会社を設立。2016年、目標達成のためのセミナーシリーズ「A to B」を開始。2018年、伝統工芸復興を目的としたJapanCraft21を設立し代表を務める。京都市左京区在住。国内外で日本工芸の継承と発展に取り組んでいる。
https://www.japancraft21.com/
2025.11.16
「WAJOY Voices – 日本の工芸に宿る声を聴く」の第4回インタビューを公開しました。
───スティーブ・バイメルが語る、伝統を未来へつなぐ使命
54年前、ひとりの若いアメリカ人が仙台に降り立ち、畳の香りや漆椀の艶、日常のささやかな美に心を奪われました。
その体験が、「日本の工芸を守り、未来へつなぐ」という使命へと育ち、現在の JapanCraft21 の活動につながっています。
今回は、
日本の工芸との出会いと、その精神を未来へ継ぐ意味について、スティーブ・バイメルさんにお聞きしました。
本インタビューは、以下の3つのメディアで公開しています:
📝【Note掲載版(フォローや「スキ」での応援はこちらになります)】
https://note.com/2025interview/n/n270d736ffecb
🌐【Medium掲載版(英語読者向け)】
📖【WAJOY公式ウェブサイト(全文・登録不要)】
https://wajoy.net/category/news/
― ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館学芸員・山田雅美さんが語る、日本工芸の美と未来
はじめに
「日本の工芸は、ものづくりを通じて、どう世界と関わるかという問いに対する答えになり得る。」ロンドン・V&A博物館(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)の日本部門でキュレーションを担当している山田雅美さんに、美しさ”だけでは語れない日本のクラフトマンシップの深い意味をどのように世界へ伝えてきたのか、そして今どんな未来へつなげようとしているのかをお聞きしました。世界有数の日本美術コレクションに囲まれてきた彼女が、静かに、深く語る“日本の手仕事の本質”とは。
日本工芸がラグジュアリー空間で評価される理由
Q 1:ヨーロッパのラグジュアリー空間で、日本の工芸がどのように評価されていると思われますか?
陶芸、漆、染織、金属など、日本にはさまざまな工芸素材がありますが、「この素材だからラグジュアリー空間にふさわしい」ということは、もはやあまり関係ないと思っています。
むしろ重要なのは、どんな素材であれ、たとえそれが伝統的な工芸素材でない場合であっても、そこに込められている手仕事の質、細部へのこだわり、そして完成度の高さです。
日本の工芸は、小さな器から大きな調度品まで、その多くが何世紀も続く技法と現代的な感性を掛け合わせて、生み出されます。大量に手早く商品を作ることが可能になった現代だからこそ、日本の工芸が持つラグジュアリー性は、生産的とは決していえないような時間と手間をかけて、「商品」ではなく「文化遺産」として価値あるものを提供できるところにあると思います。

V&Aの中庭で。アジサイが美しい時期にインタビューを。
V&Aで見える「精神性としての工芸」
Q 2:V&Aで日本工芸を扱ってこられて、日本の工芸の“精神性”を強く感じるのはどんな時ですか?
私はV&Aで、日本の古代から現代までの作品を扱っています。長年お世話になっている蒔絵の人間国宝・室瀬和美先生が、日本の学校で子どもたちから「なぜこんなに面倒な工程を経て作品を作るのですか」と率直な質問を受けた際、「手間をかけるからこそ、文化なんだよ」と伝えられたというお話が、とても印象的で好きです。
先生がおっしゃる通り、今も昔も日本の工芸は、信じられないほどの手間をかけて生み出されてきたと思います。そして、その背景には、祈りにも似た素材を大切にする気持ちや、ものに魂を吹き込むような制作工程があり、そこに「精神性」を感じます。
今注目する分野――漆芸の可能性
Q 3:数ある分野の中で、今特に注目している日本の工芸はありますか?
博物館では主に工芸作家による作品を取り扱っていますが、個人的にとても注目しているのが漆芸です。来年、V&Aの日本ギャラリーで「21世紀の日本の漆芸」をテーマにした特別展示を開催する予定があり、その準備のため、この数年は東北から北陸、そして四国の香川県まで、漆芸の伝統が根付く土地を訪ね歩いてきました。
日本でも海外でも、展覧会や出版物の数で言えば現代陶芸を目にする機会が圧倒的に多いのですが、実は今、日本の美術大学では漆芸がとても人気のある分野になっています。若い世代の作家さんたちが次々に誕生しているのです。
私たちの日常生活からは漆器が姿を消しつつありますが、伝統的な器を作る作家さんから、古典的な様式を保ちながら現代的な文様を取り入れる作家さん、さらに工芸の枠を超えて、漆を使った彫刻的・絵画的な作品を手掛ける作家さんまで、本当に多彩です。漆はアジア特有の素材であり、各国に現代的な漆芸作品を作る作家がいらっしゃいますが、ここまで幅広い芸術表現が生まれているのは日本ならでは。このような現代の漆芸の魅力を世界に向けて発信していくことに、大きな意味を感じています。
海外が魅了される“日本的なこだわり”とは
Q 4:海外の方々は、日本の工芸のどのような点に魅力を感じていると思われますか?
V&Aでは、日本ギャラリーに限らず、古い作品と現代の作品をあえて並べて展示することがよくあります。そこには、「過去を知ることは現在地を知ることであり、現在地から歴史を振り返ることもできる」という意図があります。
日本の工芸の場合、どの素材にも何百年と続く歴史があることが多く、その技法の多くが、途絶えずに現代にも受け継がれているのは、世界的にも珍しいことです。同じ素材や技法で制作された江戸時代の作品と現代の作品を並べることで、技術の連続性と思想の変遷が視覚的に伝わり、まるで時間の層が立ち上がるように感じられます。この歴史の厚みこそが、魅力的に感じられるのではないでしょうか。

ヴィクトリア&アルバート博物館には世界中のファンが訪れ、V&Aという呼称で知られています
金継ぎ・不完全の美が伝える世界観
Q 5:金継ぎのような「不完全を受け入れる美意識」は、海外ではどのように受け止められているのでしょうか?
金継ぎは、日本で何世紀も続けられてきた修復の技術であると同時に、時間や記憶、再生の哲学を表現するものでもあります。だからこそ、今の時代に響くのだと思います。「金継ぎKintsugi」という言葉は、もはや陶磁器の修復にとどまらず、英語圏ではメンタルヘルスや心の健康の分野でも広く使われ、「完璧でなくてもいい」というメッセージの象徴となっていることは、注目に値します。
山田さんにとっての「美しいもの」
Q 6:ご自身にとって「美しいもの」とはどういったものですか?
私が個人的に「美しい」と感じるのは、単に形や装飾が美しいということだけではなく、作品が放つ「唯一無二の存在感」があるかどうかが大きく関わっているように思います。
日本の工芸作家が素材に向き合う姿勢には、強い信念を感じます。作品のフォルムや装飾のバランス、完成度とともに、作者が込めた想いとともに確かな存在感を放つものに、美しさを感じます。

V&Aのグランドフロアがライトアップされ、ロンドンアジアンアートフェアのレセプション会場などとして使われています。
日本文化は海外からどう見られているのか
Q 7:ロンドンにおける日本文化の印象は、この数十年でどのように変わってきたと思いますか?
V&Aの日本ギャラリーが1986年にオープンした頃、当時のロンドンではまだ「日本に行ったことがある人」は限定的でした。「遠い極東の国」という印象が根強かった時代、日本ギャラリーは、“日本と出会う場所”だったのです。
それが40年経った現在では、日本食、ユニクロ、ジブリ、ポケモンなど、日本文化がすでにロンドンの日常に溶け込み、私の周囲でも毎年大勢の人が実際に日本を訪れています。V&Aで展示を手掛けていて興味深いのは、日本に関心をもつきっかけが本当に人それぞれで、古いお茶碗の造形に憧れる人もいれば、現代のプロダクトデザインに魅力を感じる人もいて、その幅広さに時代の変遷を感じますね。

V&Aの日本ギャラリーで公開中の現代工芸の展示風景
日本工芸が世界に示す未来への道しるべ
Q 8:最後に、これからの世界に対して日本工芸が届けられる価値とは何だと思われますか?
日本の工芸が持つ本質的な価値は、単なる技術の精緻さにとどまりません。それは「ものづくりを通じて、どう世界と関わるか」という哲学的な問いに対する答えにもなり得ると、私は思っています。
現代社会は、利便性や即時性が最優先され、結果として“効率のよいもの”が尊ばれる傾向にあります。でも、日本の工芸には、そうした潮流とはまったく異なる「時間と対話する」価値観が根付いています。素材に向き合う時間、工程を重ねる時間、そして使い手の暮らしの中で“育つ”時間。こうした時間の積み重ねが、作品そのものに重層的な意味と美しさを宿らせていくのです。
それは、単に古いものを残すという意味ではありません。むしろ、過去から未来への橋を架ける行為だと思います。たとえば金継ぎは、壊れたことを隠して“なかったことにする”のではなく、傷を抱えたまま新たな物語を刻むことで、ものの存在に深みを加えていく。そうした「欠けを受け入れる」「変化を肯定する」価値観は、今まさに世界が必要としている視点かもしれません。
そして、何よりも大切なのは、“作る”という行為の中に、人と人、人と自然、人と時間とのつながりを回復させる力があることです。日本の工芸は、その象徴として、これからの世界の価値観を静かに問い直す存在であり続けてほしいと思います。
日本の工芸は、速さや効率を追求しがちな今の社会において、「ゆっくりと、深く向き合うことの価値」を示してくれる存在だと思います。
技術やデザインの巧みさだけではなく、その背後にある精神性や文化の歴史――それこそが、これからの世界において必要とされていくものだと信じています。
おわりに
現代の日本工芸は、単なる「美しさ」を超え、見る者の価値観や感性そのものを揺さぶる存在となりつつあります。
山田さんのお話からは、「完成」や「均整」ではなく、「欠け」や「時間の痕跡」さえも肯定する日本独自の感性が、世界の多様性と静かに共鳴しはじめていることが浮かび上がります。
海外の視点を通して、私たちは改めて、日本のクラフトマンシップが内包する“意味”――それは技術だけでなく、文化、精神、そして生き方にまで及ぶということに気づかされるのです。
美しいだけじゃない。それが、これからの日本工芸の価値なのかもしれません。
インタビュー・文:立川真由美
山田 雅美(やまだ まさみ)プロフィール
ロンドン V&A博物館 日本部門キュレーター

山田雅美さん Photo by Peter Kelleher
山田雅美さんは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)アジア部門にて、2018年より日本コレクションを担当するキュレーターです。江戸時代の漆工芸や浮世絵から、現代のクラフトやデザインまで幅広く精通し、世界有数の日本美術・工芸コレクションの企画・研究に携わっています。
東京に生まれ、国際基督教大学(ICU)で西洋美術史を学んだ後、シティ・ユニバーシティ・ロンドン(City, University of London)の大学院修士課程を修了。V&A勤務以前は、ロンドンの大手オークションハウス日本美術部門にて7年間勤務し、日本の美術品が西洋でどのように流通・理解されてきたかについて深い知見を培いました。
V&Aでは、国際的に高く評価された展覧会《Kimono: Kyoto to Catwalk(キモノ ─ 京都からランウェイへ)》(2020年) において企画・調査に参加。この経験を生かして、2024年には、V&Aのアンナ・ジャクソンと共著で『Fashion and the Floating World: Japanese Ukiyo-e Prints(ファッションと浮世:日本の浮世絵)』を出版。さらに、近年は、現代漆芸作品の収集と研究を通じて、博物館の日本の漆芸コレクションの拡充に貢献し、2022年には「Sir Nicholas Goodison Award for Contemporary Craft(現代工芸賞)」をV&Aにもたらしました。
また、イギリスのセインズベリー日本藝術研究所、立命館大学との連携による「Re-thinking Japonisme(ジャポニスム再考)」プロジェクトでは中心的な役割を担い、V&Aが所蔵する浮世絵や古典籍のデジタル化と研究を進めています。
素材への真摯なまなざしと、文化の連続性、作り手が込める想いを重んじる山田さんのキュレーションは、伝統と現代をつなぎ、日本工芸の新たな価値を国際的に提示し続けています。
─ヨーロッパのコンテンツキュレーター・ジャンフランコが語る、日本の工芸とクラフトマンシップの未来
はじめに
なぜ日本の工芸にはこれほどまでに深い精神性が宿っているのか──。
本インタビューでは、ヨーロッパ在住のコンテンツキュレーター、ジャンフランコ(Gianfranco)が、日本の素材や美意識、そして工芸文化がいかに人々の暮らしに影響を与えているかを語ってくれました。
「Resilience(しなやかな強さ)」「Regeneration(再生)」「Reverence(敬意)」というキーワードを軸に、日本の工芸が未来に向けて持つ本質的な価値について、静かに、しかし情熱を込めて語られる一つひとつの言葉には、世界と繋がるための多くの示唆が込められています。
素材とは「時間」である
Q.1. 日本とヨーロッパの素材感の違いについて、どう感じていますか?
素材とは単なる「モノ」ではなく、「時間」そのものだと思います。
たとえば陶器、木、ガラス、金属などは、日欧のどちらにも存在する素材です。でも漆(うるし)のように、西洋では馴染みがない素材もあります。初めて漆の器を触った人は「プラスチック?」と感じるかもしれません。軽くて、つるりとしていて。
でもその背景にある「手間のかかり方」や「時間」を知ると、見る目が変わる。日本の素材には、加工に込められた「時間」が宿っているんです。素材が辿ってきた物語──それこそが文化の厚みだと思います。
隠れた部分にこそ宿る美
Q2. 日本の工芸やデザインで、特に美しいと思う点は?
見えない部分にこそ、美しさが宿っているということ。
障子の裏側、棚の奥、誰も気づかないような細部にまで、丁寧な仕事が施されている。
西洋では「技巧を見せる」ことで価値を表す文化がありますが、日本では「隠す」ことが美になる。その姿勢には深い敬意を感じます。
誰かに見せるためではなく、自分の手を抜かないためにつくられる美。それに私は強く心を打たれます。

自身でやきものをつくることも。Photo by Taran Wilkhu
美とは「意図」である
Q3.「美しさ」とは何だと思いますか?
私にとって、美とは「意図」だと思います。
シンプルなものであっても、そこに意味と意志が込められていれば、美しい。
たとえば仏教の寺院や枯山水の庭園──すべての配置に意味がある。意図がある。だからこそ、見る人の心を動かすんです。
逆に、ただ派手なだけで意味のないものには、美を感じません。
日本の工芸には、「頑張ってます!」という主張がない。むしろ控えめ。でも、その奥にある誠実さこそが、私にとっての美しさです。
「侘び」と「寂び」──ふたつの感性
Q 4. 日本独自の「わびさび」についてどう感じていますか?
西洋では「wabi-sabi」はひとつの概念のように紹介されがちですが、実は「侘び」と「寂び」はもともと別のものなんです。
私は特に「寂び」のほうに惹かれます。つまり、「時間とともに美しくなっていくこと」。
錆びやひび割れ、擦り切れた跡──それらは時間の痕跡であり、静かな尊厳を持っている。
西洋の「完璧さ」や「新品志向」とは真逆の価値観ですよね。私はこの「寂び」の美しさに深く共感します。
注釈:
・「侘び」とは、簡素さ・控えめさ・不完全の中にある美しさ。「寂び」とは、時間の経過や劣化を通して表れる味わいや風格のこと。
この2つが組み合わさることで、日本独自の「わびさび」美学が形成されています。

定期的に日本の工芸家を訪れているジャンフランコ氏
季節とともに生きるということ
Q. 日本の自然や四季との関係について、どう感じていますか?
かつてはヨーロッパも、日本のように四季とともに生きていました。
でも今では、利便性がそれを上書きしてしまった。
イギリスやアメリカのスーパーに行けば、季節に関係なくすべての食材が揃っている。でも日本には、まだ「旬」の文化がありますよね。
桜の花見、月見、紅葉、季節の果物やきのこ──自然とともに生きる感覚が、今も息づいている。
それはとても詩的で、そして人間らしいことだと思います。
サステナビリティと経済のあいだ
Q. サステナビリティとローカル素材について、どう捉えていますか?
誰もが「サステナビリティは大事だ」と言いますが、経済が不安定になると、人々はそれを忘れてしまうんです。
たとえばZARAやTimuで大量に服を買い、すぐに捨ててしまう──それが現実です。
日本の工芸品は、時間がかかり、丁寧に作られていて、長持ちする。でもその分、価格も高くなる。だからこそ、「本当のサステナビリティ」には、経済力と価値観の両方が必要なんです。
ロンドンにはチャリティショップがたくさんありますが、中身はZARAばかり。消費を減らしたい人と、安く多く手に入れたい人の2種類が存在しています。
見せる修繕(visible mending)という考え方も注目されていますが、それも「美意識」であり、必ずしも文化的価値と直結しているわけではない。消費社会と美意識のあいだには、複雑な矛盾があります。

対話の場をつくる——ジャンフランコ氏は、コミュニケーションの力を信じている。
工芸の本質──Resilience・Regeneration・Reverence
Q 7. WAJOYが掲げる「3つのR」について、どう思われますか?
Resilience(しなやかさ)は、今の時代に不可欠な力です。AIや気候変動、戦争など、私たちは不安定な世界を生きています。
Regeneration(再生)──これはより深い概念ですが、日本の工芸にはそれが宿っている。壊れたものを直す。古いものを生かす。欠けを美に変える。それはまさに「再生の美学」です。
そしてReverence(敬意)──これが日本文化の核だと思います。自然への敬意、素材への敬意、人への敬意。
これら3つは、見た目の美しさではなく、社会の在り方そのものを支える根本的な価値観だと感じます。
おわりに
ジャンフランコの言葉を通して見えてきたのは、日本の工芸が単なる「技術」や「製品」ではなく、生き方や哲学としての側面を持つということです。
「美とは、意図である」という彼の言葉には、日本人が忘れかけている精神性が静かに宿っていました。
世界が速く、大きく、そして表面的になっていく中で、日本の工芸が示す「静かで深い価値」は、これからますます重要になるのではないでしょうか。
Gianfranco Chicco(ジャンフランコ・チッコ)プロフィール

Gianfranco Chicco氏
ロンドン在住のアルゼンチン出身デザイナー、コンテンツ・キュレーター。ロンドンデザインフェスティバルおよびロンドンデザインビエンナーレではコンテンツ&デジタル戦略責任者として活躍。The Webby AwardsやThe Lovie Awardsではヨーロッパ地域のマーケティング・ディレクターを歴任し、国際的なデザインイベントやイノベーションフォーラムに数多く関わる。近年は、世界中の職人やものづくり文化を再発見する「The Craftsman Newsletter」を主宰し、サステナビリティとクラフトの未来を問う視点で発信を続けている。エンジニアリングとMBAのバックグラウンドを持ち、テクノロジーと文化の橋渡し役としても活動。これまでにブエノスアイレス、ミラノ、東京、マドリード、アムステルダムを経て、現在はロンドンを拠点に活動。
https://www.gchicco.com/the-craftsman-newsletter/
「WAJOY Voices – 日本の工芸に宿る声を聴く」の第3回インタビューを公開しました。
ロンドン・V&A博物館(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)の日本部門でキュレーションを担当している山田雅美さんに、美しさ”だけでは語れない日本のクラフトマンシップの深い意味をどのように世界へ伝えてきたのか、そして今どんな未来へつなげようとしているのかをお聞きしました。
本インタビューは、以下の3つのメディアで公開しています:
📝【Note掲載版(フォローや「スキ」での応援はこちらになります)】
https://note.com/2025interview/n/nd29dd32e1071
🌐【Medium掲載版(英語読者向け)】
📖【WAJOY公式ウェブサイト(全文・登録不要)】
https://wajoy.net/category/news/



