──ハンスピーター・カペラーが見つめ続けた、日本の美の核心

森田りえ子氏の作品 Photo:森田りえ子
はじめに
「つくり手の魂が見える瞬間がある。」
ハンスピーター・カペラーさんの言葉には、静かでありながら深い確信が宿っていました。
カペラーさんは50年ほど日本に暮らし、工芸や文化を外からも内からも見つめ続けてきた方です。シャネル、ディオール、ウェッジウッドと世界的ブランドの経営を担いながらも、いつも心の中心にあったのは“人の手と心”でした。
現在は自身のサイト「HIKITA-YA」を通じて、日本の工芸を世界へ静かに届けています。流行ではなく、作り手の精神そのものを丁寧に手渡す姿勢に、私は深い共感を覚えます。
今回のインタビューでは、日本文化の核、素材へのまなざし、美しさの基準、そして職人への敬意について語っていただきました。
外から来た人だからこそ見える日本の美の核心──
その“静かな洞察”に触れる時間となりました。
日本の工芸を世界へ静かに届ける「HIKITA-YA」の
ハンスピーター・カペラー (Hanspeter Kappeler)氏
1. 素材が語る世界観──偏らずに見る理由
Q1. 今、どの領域の工芸に注目していますか?
私は日本の工芸を紹介するとき、最初から特定の分野に集中するつもりはありませんでした。
日本の工芸は「素材そのものが世界をつくる文化」です。
土、竹、木、糸、漆、金属──それぞれの素材に、異なる歴史と美意識が宿っています。
日本に来たばかりの頃、私は日常の所作の一つひとつに驚かされました。
箒の動かし方、器の置き方、紙の折り方……。
そこには理由があり、無駄がなく、調和を乱さないリズムがある。
素材も同じです。
それぞれが違う“生き方”を持っていて、その多様性が文化全体を豊かにしている。
だから私は、陶芸だけ、漆だけ、竹だけと偏らず、
素材が作る世界の広がりそのものを紹介したいと考えています。
福田亨氏の作品 Photo:福田亨氏
2. 異国で始まった再出発──日本へ来た原点
Q2. なぜ日本の工芸を世界に届けたいと思ったのですか?
私が日本に来たのは、50年ほど前のことです。
当時は日本語も読めず、知り合いもいませんでした。
それでも来たのは、
「平和で整ったスイスのままでは、自分が変われない」
と感じたからです。
世界を見たくて、とにかく環境を丸ごと変えてみたかった。
そんな中、多くの日本の方が助けてくれました。
その温かさへの恩返しとして、
「日本の良さを世界につなぎたい」という思いが自然と生まれました。
工芸は、その国の“心”がもっとも純粋に表れる表現。
だからこそ、日本の工芸を届けたいと思っています。
3. 無理をさせない文化発信──静かに橋をかけるということ
Q3. 発信の軸として大切にしていることは?
私は企業で長く働き、組織を率いてきました。
その経験で痛感したのは、
「誰か一人が無理をして成り立つ仕組みは、必ずどこかで壊れる」
ということです。
工芸の紹介も同じです。
作り手には制作のリズムがあります。
それを壊さないため、紹介する際には必ず
本人へのリンクをつけ、“自分のペースで”アクセスできる形にしています。
また、発信はすべて英語です。
文化の背景まで誤解なく伝わるようにしたいからです。
文化の紹介は、押しつけではなく、
静かに、丁寧に橋をかける行為だと考えています。
2026年3月10日

2026年1月から3月にかけて、ロンドンのJapan House Londonにおいて「輪島塗」展が開催されました。
WAJOYは、本展覧会に関連し、輪島の漆芸作家の国際的な紹介に協力するとともに、箱瀬淳一氏、しおやす漆器工房、角有伊氏の作品・商品のディストリビューションに関わらせていただいております。
また、輪島の漆芸作家・箱瀬淳一氏をロンドンへ招聘し、Japan House Londonとの共催によりさまざまなプログラムを実施いたしました。
主な関連企画として、
- 箱瀬淳一氏によるトークイベントおよび制作実演
- 箱瀬淳一氏による金継ぎワークショップ(全4回)
を開催し、輪島塗の歴史や技術、日本の漆文化の魅力を英国の皆様に直接お伝えする機会となりました。
これらのイベントは大変好評を博し、トークイベントはJapan House Londonにおいてコロナ禍以降で最多規模の来場者数を記録しました。また、金継ぎワークショップについても参加者から高い評価をいただき、日本の工芸文化や「修復の美学」に対する関心の高さを実感する機会となりました。
能登半島地震からの復興途上にある輪島の作家や職人の活動を国際社会へ発信するとともに、日本工芸が持つ文化的価値や精神性への理解を深めていただく貴重な機会となりました。
WAJOYは今後も国内外の関係機関と連携しながら、日本工芸の魅力と可能性を世界へ発信する活動を続けてまいります。

ロンドンのSomerset Houseにて、2026年2月25日から3月1日まで開催された国際工芸アートフェア「 Collect 2026」 において、WAJOYが企画した「The Ritual of Resilience(再生の儀式)」が、ロンドン発のコレクタブルデザイン専門オンラインマガジン 「The Design Edit」 に掲載されました。
本展示では、主に石川県ゆかりの5名の漆芸作家による作品を紹介し、日本の漆文化と現代的な表現の魅力を海外へ発信しました。
掲載記事の詳細は、以下よりご覧いただけます。
https://thedesignedit.com/market/collect
2026年2月18日

ロンドンにおいて、現地のジャーナリストやメディア関係者を対象とした朝食会を開催し、日本の漆文化およびWAJOYの取り組みについて発信を行いました。

本会には、国際工芸アートフェア「Collect」のフェアディレクターであるTF Chan氏や、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)のキュレーターである山田雅美氏をはじめ、文化・アート分野に関わるジャーナリストの皆様にもご参加いただきました。

当日は、日本の漆文化の魅力やその背景にある精神性、さらに能登半島地震を経て復興に取り組む石川県の工芸について紹介するとともに、WAJOYが進める国内外での文化発信活動、そして翌月に開催される「Collect」の出展などのお話をさせていただきました。
また、石川県の漆スプーンや郷土のお茶、お菓子を用いた体験型の設えを取り入れ、日本の工芸や文化を五感で感じていただく機会に。参加者からは高い関心が寄せられ、日本の文化的背景や工芸が持つ価値について理解を深めていただく場となりました。

今回の朝食会は、メディア関係者との新たな関係構築につながるとともに、今後の情報発信や国際的な文化交流の発展に向けた貴重な機会となりました。
WAJOYは今後も、日本工芸や地域文化の魅力を国内外へ発信し、文化を通じた国際交流の促進に取り組んでまいります。
2026年2月16日
ロンドンのSomerset Houseにて、2026年2月25日から3月1日まで開催された国際工芸アートフェア Collect 2026 に関する記事の中で、130年以上の歴史を持つ英国の国際経済紙・メディアである Financial Times にWAJOYが掲載されました。
記事では、CollectのフェアディレクターであるTF・Chan氏が、WAJOYについて言及しています。TF・チャン氏は、日本の文化プラットフォームであるWAJOYに注目し、2024年の能登半島地震を経験した石川県の漆芸作家たちが示した「目覚ましい回復力(remarkable resilience)」と、その作品を紹介したことを取り上げています。
WAJOYが企画した「The Ritual of Resilience(再生の儀式)」では、石川県ゆかりの漆芸作家たちの作品を通じて、日本の工芸文化とその背景にある精神性、そして復興への歩みを国際社会へ発信しました。
このような国際的なメディアで取り上げていただけたことを励みに、今後も日本工芸の魅力と可能性を世界へ伝える活動を続けてまいります。
掲載記事の詳細は、Financial Timesのオンライン記事をご覧ください。
Collect fair 2026: ‘Craft reminds us that good things are worth the wait’

2026年4月14日
このたび、一般社団法人WAJOY日本工芸の国際普及協会は、「大阪万博記念基金(EXPO’70基金)」に昨年に続き、再度採択いただきました。

昨年度の採択を契機として、ロンドンにおいて輪島塗をはじめとする日本の漆文化の紹介を実現し、Japan House Londonでの展覧会や、国際工芸アートフェア「Collect」への出展、パネルディスカッションの実施など、複数の文化拠点において展開する機会を得ました。

これらの取り組みを通じて、ロンドンにおいて日本の漆が多面的に紹介される流れが生まれ、「漆イヤー」ともいえる状況を形成する一助となりました。
本取り組みは、EXPO’70基金の支援があってこそ実現したものであり、改めて深く感謝申し上げます。
本年度は、この流れをさらに発展させ、ロンドンに加えパリへと展開し、日本の工芸文化の国際的な発信と交流を一層推進してまいります。
2026年3月3日、ロンドンのJapan House Londonにて開催された「輪島塗展」に関連し、漆芸作家・箱瀬淳一氏を招聘し、制作実演およびトークイベントを実施しました。
https://www.japanhouselondon.uk/whats-on/the-enduring-craft-of-wajima-lacquerware

本イベントには現地来場者およびオンラインを含め約400名が参加し、コロナ後以降で最多の参加者に。

日本の漆文化に対する高い関心とともに、能登の現状や背景についての理解を深める機会となりました。


「WAJOY Voices – 日本の工芸に宿る声を聴く」の第2回インタビューを公開しました。
─ヨーロッパのデコンテンツキュレーター・ジャンフランコが語る、日本の工芸とクラフトマンシップの未来
はじめに
なぜ日本の工芸にはこれほどまでに深い精神性が宿っているのか──。
本インタビューでは、ヨーロッパ在住のコンテンツキュレーター、ジャンフランコ(Gianfranco)が、日本の素材や美意識、そして工芸文化がいかに人々の暮らしに影響を与えているかを語ってくれました。
「Resilience(しなやかな強さ)」「Regeneration(再生)」「Reverence(敬意)」というキーワードを軸に、日本の工芸が未来に向けて持つ本質的な価値について、静かに、しかし情熱を込めて語られる一つひとつの言葉には、世界と繋がるための多くの示唆が込められています。
Q1:素材とは「時間」である
Q. 日本とヨーロッパの素材感の違いについて、どう感じていますか?
素材とは単なる「モノ」ではなく、「時間」そのものだと思います。
たとえば陶器、木、ガラス、金属などは、日欧のどちらにも存在する素材です。でも漆(うるし)のように、西洋では馴染みがない素材もあります。初めて漆の器を触った人は「プラスチック?」と感じるかもしれません。軽くて、つるりとしていて。
でもその背景にある「手間のかかり方」や「時間」を知ると、見る目が変わる。日本の素材には、加工に込められた「時間」が宿っているんです。素材が辿ってきた物語──それこそが文化の厚みだと思います。
Q2:隠れた部分にこそ宿る美
Q. 日本の工芸やデザインで、特に美しいと思う点は?
見えない部分にこそ、美しさが宿っているということ。
障子の裏側、棚の奥、誰も気づかないような細部にまで、丁寧な仕事が施されている。
西洋では「技巧を見せる」ことで価値を表す文化がありますが、日本では「隠す」ことが美になる。その姿勢には深い敬意を感じます。
誰かに見せるためではなく、自分の手を抜かないためにつくられる美。それに私は強く心を打たれます。
Q3:美とは「意図」である
Q. 「美しさ」とは何だと思いますか?
私にとって、美とは「意図」だと思います。
シンプルなものであっても、そこに意味と意志が込められていれば、美しい。
たとえば仏教の寺院や枯山水の庭園──すべての配置に意味がある。意図がある。だからこそ、見る人の心を動かすんです。
逆に、ただ派手なだけで意味のないものには、美を感じません。
日本の工芸には、「頑張ってます!」という主張がない。むしろ控えめ。でも、その奥にある誠実さこそが、私にとっての美しさです。
Q4:「侘び」と「寂び」──ふたつの感性
Q. 日本独自の「わびさび」についてどう感じていますか?
西洋では「wabi-sabi」はひとつの概念のように紹介されがちですが、実は「侘び」と「寂び」はもともと別のものなんです。
私は特に「寂び」のほうに惹かれます。つまり、「時間とともに美しくなっていくこと」。
錆びやひび割れ、擦り切れた跡──それらは時間の痕跡であり、静かな尊厳を持っている。
西洋の「完璧さ」や「新品志向」とは真逆の価値観ですよね。私はこの「寂び」の美しさに深く共感します。
注釈:
・「侘び」とは、簡素さ・控えめさ・不完全の中にある美しさ。「寂び」とは、時間の経過や劣化を通して表れる味わいや風格のこと。 この2つが組み合わさることで、日本独自の「わびさび」美学が形成されています。
Q5:季節とともに生きるということ
Q. 日本の自然や四季との関係について、どう感じていますか?
かつてはヨーロッパも、日本のように四季とともに生きていました。
でも今では、利便性がそれを上書きしてしまった。
イギリスやアメリカのスーパーに行けば、季節に関係なくすべての食材が揃っている。でも日本には、まだ「旬」の文化がありますよね。
桜の花見、月見、紅葉、季節の果物やきのこ──自然とともに生きる感覚が、今も息づいている。
それはとても詩的で、そして人間らしいことだと思います。
Q6:サステナビリティと経済のあいだ
Q. サステナビリティとローカル素材について、どう捉えていますか?
誰もが「サステナビリティは大事だ」と言いますが、経済が不安定になると、人々はそれを忘れてしまうんです。
たとえばZARAやTimuで大量に服を買い、すぐに捨ててしまう──それが現実です。
日本の工芸品は、時間がかかり、丁寧に作られていて、長持ちする。でもその分、価格も高くなる。だからこそ、「本当のサステナビリティ」には、経済力と価値観の両方が必要なんです。
ロンドンにはチャリティショップがたくさんありますが、中身はZARAばかり。消費を減らしたい人と、安く多く手に入れたい人の2種類が存在しています。
見せる修繕(visible mending)という考え方も注目されていますが、それも「美意識」であり、必ずしも文化的価値と直結しているわけではない。消費社会と美意識のあいだには、複雑な矛盾があります。
Q7:工芸の本質──Resilience・Regeneration・Reverence
Q. WAJOYが掲げる「3つのR」について、どう思われますか?
Resilience(しなやかさ)は、今の時代に不可欠な力です。AIや気候変動、戦争など、私たちは不安定な世界を生きています。
Regeneration(再生)──これはより深い概念ですが、日本の工芸にはそれが宿っている。壊れたものを直す。古いものを生かす。欠けを美に変える。それはまさに「再生の美学」です。
そしてReverence(敬意)──これが日本文化の核だと思います。自然への敬意、素材への敬意、人への敬意。
これら3つは、見た目の美しさではなく、社会の在り方そのものを支える根本的な価値観だと感じます。
おわりに
ジャンフランコの言葉を通して見えてきたのは、日本の工芸が単なる「技術」や「製品」ではなく、生き方や哲学としての側面を持つということです。
「美とは、意図である」という彼の言葉には、日本人が忘れかけている精神性が静かに宿っていました。
世界が速く、大きく、そして表面的になっていく中で、日本の工芸が示す「静かで深い価値」は、これからますます重要になるのではないでしょうか。
Gianfranco Chicco(ジャンフランコ・チッコ)プロフィール

ロンドン在住のアルゼンチン出身デザイナー、コンテンツ・キュレーター。ロンドンデザインフェスティバルおよびロンドンデザインビエンナーレではコンテンツ&デジタル戦略責任者として活躍。The Webby AwardsやThe Lovie Awardsではヨーロッパ地域のマーケティング・ディレクターを歴任し、国際的なデザインイベントやイノベーションフォーラムに数多く関わる。近年は、世界中の職人やものづくり文化を再発見する「The Craftsman Newsletter」を主宰し、サステナビリティとクラフトの未来を問う視点で発信を続けている。エンジニアリングとMBAのバックグラウンドを持ち、テクノロジーと文化の橋渡し役としても活動。これまでにブエノスアイレス、ミラノ、東京、マドリード、アムステルダムを経て、現在はロンドンを拠点に活動。
https://www.gchicco.com/the-craftsman-newsletter/
金沢から大阪へ向かう途中、記録的な大雨で到着が危ぶまれましたが、授与式の開会直前に無事間に合いました。
「大阪万博’70基金」は、国際相互理解の促進に資する活動を支援する、まさに万博らしい取り組みです。全国300以上の応募から、約60団体が選ばれました。
長年活動を続ける団体が多い中、スタート間もないWAJOYを採択いただけたことは、大きな励みです。これまで支えてくださった皆さまへの感謝とともに、この機会をロンドンでのプロジェクトへと確実につなげていきます。
2025年、大阪・夢洲での大阪・関西万博開催と同じ年にいただいたこのご縁を大切に、ここからさらに歩みを進めてまいります。



私たちは、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)の収益金をもとに設立された「日本万国博覧会記念基金」より、2025年度の助成対象事業として採択されました。
本基金は、国際相互理解の促進や文化の振興といった万博の理念を継承し、そうした活動を支援することを目的としています。
https://www.osaka21.or.jp/jecfund
偶然にも、大阪・関西万博が開催される2025年にご採択いただいたことを重く受け止め、
私たちもこの年の理念にふさわしいかたちで、能登の伝統工芸を守り、世界との新たな対話を生み出す活動に取り組んでまいります。


