──漆芸作家・中村有希が、素材の中に見つめる時間と動き

中村有希氏の作品

はじめに

漆と金箔、貝などを用い、自然の中に生まれた形や痕跡をすくい上げるように作品をつくる中村有希さん。
伝統的な漆芸を学びながら、中村さんが目を向けてきたのは、完成された技法や整えられた美しさだけではありません。割れた貝のかたち、素材の中に蓄積された時間、目には見えない「気配」──そうしたものを手がかりに、漆という素材の可能性を独自の方法で探り続けています。

その根底にあるのは、「自分は本当はどう感じているのか」を確かめようとする姿勢です。
なぜ漆だったのか。なぜ割れた形をそのまま残すのか。そして、作品を「気配をつなぐ装置」と呼ぶのはなぜなのか。
「意味がわからない素材だったから、漆を選んだ」という意外な言葉から、中村さんの思考をたどります。

1.「意味がわからない素材」だったから、漆を選んだ

Q. まず、漆を選んだきっかけから教えてください。

一番最初のきっかけは、漆が「一番意味のわからない素材」だったからです。
大学では陶芸をはじめ、いろいろな素材に触れる機会がありました。その中で、漆が一番よくわからなかった。でも、その「わからなさ」が面白かったんです。
最初から「これを作りたい」という具体的な完成形があったわけではありません。ただ、何かを表現したいという気持ちと、「こういう感じを生み出したい」という、言葉にもビジュアルにもできない感覚だけはありました。

そこでまず漆という素材を選び、伝統的な技法を学び、その技法を自分の中で一度解体しながら、自分の求める表現に近づけていきました。
伝統的な技法には、長い歴史の中で積み上げられた、一つの洗練された形があると思います。
例えば螺鈿なら、貝は使いやすいようにシート状に加工されています。でも私は、均一に加工されたものよりも、原貝が割れた時の形の方に惹かれました。
直線に加工して整然と並べるより、割れたままの形の方が、自分の表現したいものに近い。
それで、「素材を自分の作りたい形に加工する」のではなく、「素材がすでに持っている形をどう残すか」を考えるようになりました。

作品を制作する中村氏

2. 修復の技法から、自分の造形へ

Q. その考え方が、木屎(こくそ)を使った作品へつながり、制作の大きな転換点にもなったのでしょうか。

そうですね。
木屎は、漆に繊維などを混ぜて、粘土やパテのように使える技法です。器の欠けや穴を埋める修復や、仏像の細かな造形などにも使われてきました。
私はそれを、修復のためではなく、作品そのものをつくるために使いました。
例えば、貝殻の割れた形をそのまま残し、その先を木屎で延長して、別のかけらとつないでいく。そうすると、自分では想像もしていなかった形が生まれてくるんです。
素材のかけらそのものが持っている情報を受け取りながら形ができていくような感覚があって、そこに面白さを感じました。
これは、自分にとって大きな転換点でもありました。

伝統の技術は本当にすごいです。歴代の人たちが積み上げてきた完成された答えがあるからこそ、「違う使い方をしていいのだろうか」という怖さもありました。
誰かに「それはダメ」と言われたわけではないんです。でも、誰もやっていないと、「こんなことをしていいのかな」と思ってしまう。
一方で、彫刻や現代アートの世界を見ると、みんな本当に自由にいろいろなことをやっている。それを見て、「別にやっていいんだ」と思えるようになりました。
「修復するための技術」を「自分の造形のための技術」に置き換えられたことが、今の作品につながっています。

木屎(漆に繊維などを混ぜて、粘土やパテのように使う技法)

3.「朽ちていく作品」から、現在の金箔作品へ

Q. 自然素材と向き合う中で、現在の金箔を使った作品にはどのようにたどり着いたのでしょうか。

以前は自然素材を多く使っていたので、水分を含んでいたり、季節によって素材そのものが動いたりするという問題がありました。
木も動きますし、貝殻も時間が経つと層が分離していくことがある。そのため、完成した時には良くても、数年経つと作品が分解していくことがありました。
それ自体を「朽ちていく作品」として見せたこともあります。
でも、アート作品として長く残していくことを考えると、別の方法も必要だと思いました。
そこから、現在の金箔を使った作品につながっていきました。

今も「割れた形を残す」という考え方は変わっていません。形を削って整えるのではなく、割れた形を追いながら、表面から作品をつくっていく。
以前の作品では物理的に朽ちていくことがありましたが、現在の作品ではそれが起こらない。
今の金箔を使った作品は、自分が求めているものにかなり近づいてきていると思います。これからもこのシリーズを続けながら、作品としての精度や完成度をさらに高めていきたいです。

中村氏の金箔を使った作品のディテール